地方出身東大生じるふぇの日記帳

東大文一に通う大学生 予備試験に向けて勉強中 日々考えたことを気ままに投稿

2022年10月2日【勉強日記】

勉強記録

  • 仏単語4級205~270
  • 『フランス基本単語の覚え方』

読書記録

雑記

どうも、じるふぇです。

とうとう明日から大学の講義が始まります。とは言っても1週目はオンラインなのでキャンパスまで行く必要はありません。

2ヶ月も講義がなかったせいか少し緊張しますね。今期は春以上に真剣に講義に取り組みたいと思っています。

それで今、哲学の講義の教科書に指定されている『世界は善に満ちている』というトマス・アクィナスの感情論に関する本を読んでいます。トマスの議論はとても論理的で、うまく人間の感情を整理できているなあとは思います。

でも感情そのものを考察しているというよりも、「希望」とか「恐れ」とか感情を表す言葉を整理しているだけな感じもしてしまいます。言葉は差異の構造を作っているんだからそれをうまく整理できるのは当たり前なんじゃないかなって。

もちろん、だからと言ってそこに意味がないわけではなくて、整理が理解を誘うこともあるわけなんですけど、その理解も私たちの感情そのものに対する理解というよりも、言葉の使い分けに対する理解に過ぎないような。

感情と言葉ってどこまで結びついているのでしょうか。「言葉にできない感情」とやらが先にあってそれにその場その場で「不安」とか「焦り」とかいう言葉を見つけてくるのか。それとも、そもそも我々は言葉が表し得るところにおいてしか感情を持つことができないのか。

ここら辺は掘り下げると面白くなる気がします。

ということで今回は以上です。