地方出身東大生じるふぇの日記帳

予備試験に向けて勉強中? 不定期更新

雑記#3

どうも、じるふぇです。

3日間ブログの更新をサボってしまいました(反省)。


その間に、ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリの『アンチ・オイディプス』という本に挑戦しました。私の好きな哲学者であるドゥルーズの代表作であるんですが、難しくて最初の方で断念しました。

幸い、ドゥルーズの思想の解説書はいくつか持っているので、それらを読んでから再挑戦したいと思います。

また、この本は精神分析に対する批判を一つのテーマとして書かれているみたいなんですが、精神分析学についてはフロイトの紹介書みたいなのを読んだきりで知識不足を感じました。

しかし、現代において精神分析学を学ぶ意義があまりわからないところもあって、正直あまりモチベーションが湧きません。

前期教養課程のうちに心理学関係の講義を取ろうかなと思っているので、その時に精神分析学にも多少触れられたらなとは思っています。


また、ハンス・ロスリングの『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』という本も読みました。こちらは非常にわかりやすく、人が陥りやすい認識の歪みについて事例を交えながら、改善策も踏まえて丁寧に書いた本です。

世界の現状についての私たちの認識がいかに間違いだらけかをデータをもとに的確に指摘してくるので、自分の無知さや思考のいい加減さを突きつけられるような感じを受けますね。

どんな分野でもエビデンスとか実証的研究が大事だというのは再三強調されると思うんですけど、その事実をどのように解釈するかという場面で、その人の認知の歪みが入ってしまう。それを乗り越えるために数値データなどの事実を正しく、できる限り公平に解釈するにはどうすれば良いのかがこの本を読むとわかります。

そういう意味では、この本だけで完結している内容ではなく、日々の情報収集においてこの本で学んだことを取り入れて初めて、真に役立つ内容だと言えそうです。


話は変わりますが、本というと、自分は本を買うだけ買って読まずに積んでしまうことが多いので、いわゆる積読がたくさん溜まっています。

かといって、読まない本を処分してしまうのも何か勿体無い気がして、結果として、現在本の所蔵場所に困っていたりします。

全ての読書は不完全でしかありえないってよく言いますよね。これの裏返しとして、全ての積読は不完全でしかありえないと言えるのではないかと勝手に思っています。

例えば、タイトルや帯だけでもわかることってあるし、読んでいないといっても目次や後書きには目を通していたりして、本当に全く知らない本を積んでいるわけはないんです。

そうやって理由をこじつけて、まだ読んでいない本がたくさんあるのに、新しい本を買っています。

Kindleとかで買えば嵩張らないんで便利だとは思うんですけど、やっぱり紙の本の方が読んでる感が出るというか、この本を自分は所有しているんだっていうのが直に伝わってくる感じがして、好きですね。

あと、暇な時とかにペラペラして気になったところを読むみたいなのも紙の本の方が勝手が良い気がします。


ということで今回はここら辺で終わりです。